| 安土町 (滋賀県蒲生郡安土町) 縄文時代の農耕集落「大中の湖南遺跡」に始まり、“織田信長”の天下統一の拠点となった安土城が建てられた歴史ある町です。 2008.10.19 |
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| ↑安土城考古博物館の前のコスモス(秋桜)畑 ♪薄紅のコスモスが 秋の日の 何気ない陽だまりに 揺れている〜♪(秋桜(コスモス)」 ・・さだまさし作詞作曲) |
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| ↑安土城考古博物館 常設展示・・・弥生時代の大中の湖南遺跡から 近世城郭の幕開けである安土城跡と織田信長を 中心としたテーマの展示を見学してきました。 |
風に揺れているコスモス・・・ しなやかでやさしげですね。 |
最近よく休耕田に植えられているようで、 今日も、数箇所満開のコスモス畑を見かけました。 |
| ←旧安土巡査駐在所 | ||
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2008.2.22 |
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| ←信長の館 1992年に開催されたスペイン・セビリア万博へ出展された 原寸大の安土城天主(5・6階)が展示されています |
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| ↑文芸セミナリヨ パイプオルガンのあるホールです。 |
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近江風土記の丘 歴史的風土の豊かな安土城跡の近くに造られた歴史公園です。 敷地内には県下から移築された旧安土巡査駐在所、旧柳原学校校舎、旧宮地家住宅の3棟の建造物や、 常夜燈・道標などの石造物があり、また、安土城考古博物館では県内主要遺跡の紹介と 考古学からみた近代の歴史・文化と、城郭をテーマに展示されています。 |
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| ↑旧柳原学校校舎 | ↑旧柳原学校校舎内部 | ↑安土城考古博物館 |
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| ↑セミナリヨ址 イタリア人宣教師オルガンチノによって天正9年(1581年)に創建された目本最初のキリシタン神学校の跡。 しかし、安土城炎上の際に焼失し、現在は推定地の一部が 公園として整備されています。 屋根は、安土城天主閣と同じ色の瓦(青色ともいわれる)で葺(ふ)くことが許され、高くそびえ建っていたそうです。 大臼(ダイウス) ダイウスとはゼウスの転訛とされています。 滋賀県蒲生郡安土町下豊浦 |
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| ↑セミナリヨ址の公園から、近江風土記の丘を望む、途中JRの電車が横切っていきました。 | ||
| 風変わりな建物は、観光案内所? | ||
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沙沙貴神社 佐佐木源氏発祥之地 |
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| ↑楼門 | 全国の宇多源氏・佐佐木源氏(京極家、黒田家、三井家、 佐佐木家など二百二十余姓)ゆかりの人たちが 信仰する神社です |
佐々木氏の家紋は「四つ目結」として世に知られたもので、 沙沙貴神社の神紋も「七つ割四つ目結」です。 (通常、多く使われる四つ目は「七つ割り」と 「十一割り」の二つであります。 簡単に云えば、 目の大きなのが「七つ割り」で 目の小さいのが「十一割り」です。) |
| 滋賀県蒲生郡安土町常楽寺 | ↑廻廊 | ↑少彦名神の磐境 |
| ロウバイが満開で、いい香りが春を感じさせてくれました。 | ||
| ↑椿 | ||
| ↑黄梅 梅の仲間ではなく、ハゴロモジャスミンなどと同じモクセイ科だそうですよ。 |
↑椿 | |
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浄厳院 佐々木氏の菩提寺 |
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| 法華宗との宗論で勝ったことを祝って始めたとされ、かねや太鼓を打ち鳴らして念仏を唱える「かちどき念仏」で有名。 宗論は、天正7(1579)年に織田信長の命令により浄厳院で法華宗(日蓮宗)と浄土宗との間で行われた「安土宗論」。 信長の裁定で勝者とされた浄土宗の信者が、勝利を祝って始めたのが「かちどき念仏」なんだそうです。 |
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| ”梅一輪一輪ほどの暖かさ ” | ||
小さな旅
2008.2.22