| 龍安寺(りょうあんじ) 臨済宗妙心寺派 (京都市右京区) ”古都京都の文化財”の一つとして世界文化遺産(1994年)に登録 枯山水の代表的な庭として有名ですが、春の石庭には、華やかさがありました。 (2008.4.20) |
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![]() ↑石庭(別名「虎の子渡しの庭」)と紅枝垂れ桜 |
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| ↑参道 | ↑ここにもありました・・・普賢象桜 | ↑山門 |
| ↑龍安寺垣 新緑がきれい!! |
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| 石庭は、白砂を敷きつめた長方形の庭を、柿葺き油土塀が三方を囲んでいます。 白砂の上には15個の石があり、東から西へ5・2・3・2・3個という石組みで配置され、 その石組みのまわりは、緑の苔で、縁どられています。 作者、作庭年代などは、定かでなく、謎めいています。 |
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| ↑少しアングルを変えると・・・ ご覧のように、すごい人でした。 最前列で見るために、順番待ちをしました。 |
↑苔が、木漏れ日にひかり、ビロードのような きれいさでした。 |
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| ↑つくばい・・・吾唯足知(ワレタダタルコトヲシル) 知足の心を図案化したものだそうです。 |
↑日本最古を名乗る侘助(わびすけ)椿。 秀吉が朝鮮半島から持ち帰らせたものだそうです。 (方丈の東庭) |
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| ←シャクナゲ →石庭の裏側 |
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| まるで、谷崎潤一郎の世界のような、春爛漫、桜の華やかさが、見事でした。 | ||
| ←鏡容池(きょうようち)→ 衣笠山が池に写るときれいらしいのですが、 今日は風が強く池面は、さざなみが立っていたため、 無理でした。 池の水が、少なかったのは、どうしてなんでしょうね。 |
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| ←しじみばな(蜆花)バラ科。 →白い藤の花 |
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龍安寺の所在地は、藤原北家の流れを汲む徳大寺実能以来、徳大寺家の山荘であったところを、細川勝元が譲り受けたものです。 宝徳2年(1450)に、応仁の乱の東軍の大将である細川勝元が徳大寺家の別荘を譲り受けて寺地とし、 妙心寺の義天玄承を開山として創建されたものです。 寛政9年(1797)の火災で方丈・仏殿・開山堂などを失ったため、塔頭の1つである西源院の方丈を移築して龍安寺の方丈(本堂)としました。 御室の桜は、出遅れ感がありましたが、ここ龍安寺は、どんぴしゃのタイミングで、桜が見られ、 まさしく春爛漫、花に酔うとは、このことかと思いました。 私は、桜には、青空が似合うと、ひそかに思っていますが、新緑との取り合わせも絶妙ですね。 池のまわりには、ゆったりと散策できる、手入れの行き届いた広〜い庭があり、 ここまで、足を延ばす人も、少なくて、落ち着いて、満開から散り始めの桜見ができました。 なかなかの穴場です。 拝観料 大人500円 京都府京都市右京区竜安寺御陵下町13 大人500円 |
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| 等持院 臨済宗天竜寺派 (京都市北区) 1341年(暦応2)、足利尊氏建立による足利氏の菩提寺。 初代尊氏から15代義昭まで歴代将軍の木像(5、10代を除く)を安置する霊光殿があります。 |
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京福電車等持院駅下車 徒歩約10分 京都市北区等持院北町 |
←マキノ省三の銅像
日活を離れたマキノ省三は、1921年(大正10)に ここ等持院に小坊主として寄宿していました。 そのころのことが書かれたエッセイにも、 この撮影所のことが書かれていたのを、思い出しました。 小さなお寺ですが、それぞれの時代に、 歴史がきざまれているようです。
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