若狭 小浜
(福井県小浜市)
「御食国」(みけつくに)」(天皇の食料を献上する国)として豊かな食文化や歴史のある町です。
(2008.4.5.)
3月で放送が終了したNHK朝の連続テレビ小説「ちりとてちん」のロケ地も訪ねました。 |

↑翼のテラス
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| ↑いづみ町商店街入り口 |
↑加福鮮魚
小浜市小浜広峰7
(喜代美の親友順子の魚屋食堂)
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↑加福鮮魚さんで買った・・焼き鯖 大 1200円
しょうが醤油でいただきました。
脂がのっていておいしかったです。 |
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←鯖街道資料館→
若狭湾で取れた鯖に、一塩して、夜も寝ないで京都まで運ぶと、ちょうど良い味になっていた、とよく言われます。
単に鯖ばかりを運んだ道ではなく、イカやカレイや、
グジ(アマダイ)、その他、多種の海産物などが
運ばれていたそうです。 |
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鯖街道起点地→
日本海と都を結ぶ鯖街道は、また政治の道、軍事の道、
特に文化の道でもありました。
近年、よく用いられる裏日本という言葉は、暗く、うら寂れた感じを伴い、日本海側地帯の特徴を表しているような錯覚さえも起こさせました。しかし、調べてみると、この裏日本という用語は、わずか百年ばかりの歴史しかありません。いうまでもなく、この日本海に面する一帯は、太古より、まさしく表日本であり、
しかも若狭地方はその正面玄関でもありました。
(小浜市の公式HPより)
ここが、鯖街道の始まりです。
(熊川宿、朽木を経て、京都へ18里約70km)
←商店街の魚屋さん |
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常高寺 |
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↑常高寺(小浜市小浜浅間1)
常高寺は,お初の方(常高院、織田信長の妹・お市の方の二女)の菩提寺です
絶世の美女といわれたお市の方と近江の小谷城主浅井長政の間には三人の娘がありました。
淀殿(秀吉の側室、秀頼の母)、お初の方(京極高次の正室、後の常高院)、お江の方(徳川二代将軍秀忠の正室、家光・千姫の母)の三姉妹です
常高寺の山門と石階段の間を電車(JR小浜線)が走り抜けます。(ちょっと信じがたい光景です)
ということは、当時は、この階段が正規の参道だったんでしょうけど、今は線路・JR小浜線に遮断され線路下を迂回して、参拝します。
随分JRも大胆ですね。
(この石階段でヒロイン喜代美が石階段に座って親友順子と相談をします) |
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右の写真を見ても、
まさか山門と石階段の間を電車(JR小浜線)が
走り抜けるとは、おもわないですよねえ。
←階段上からの眺めです。 |
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三丁町の古い町並み
三丁町界隈はかつて遊郭があったところで、通りを歩けば、紅殻格子や虫篭窓など風情漂う家並みが軒を連ねています。
(喜代美の祖母・小梅は三丁町の元芸妓で、三味線がとても上手です)
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↑若狭廣島屋
もとは、券番(芸妓さんの取次ぎや『線香代(花代)』
と呼ばれる出演料の精算を行う事務所的なもの。)
だったとか・・・
この2階からは、三味線の音がよく聞こえていたそうです。
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↑焼き鯖寿司
焼き鯖と酢飯の間に挟まれた「大葉」と「生姜」が、
よくマッチしていて、おいしかったです。
ここの焼き鯖寿司は、空弁でも、大人気だそうですよ。 |
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空印寺 |
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↑曹洞宗 空印寺
人魚の肉を食べて八百歳まで生きたという
八百比丘尼伝説
。全国を行脚し、貧しい人を助け、
椿の種をまき花を咲かせた後若狭に戻り、
自らこの洞穴に入り亡くなったといわれています。
当時を忍ぶ椿の花が今も咲き続けています。
小浜市男山 |
↑八百比丘尼入定洞(はっぴゃくびくににゅうてい)
最後には入定し亡くなったと伝えられる伝説が残る洞窟 |
↑小浜小学校
全国でも珍しいと言われる円筒校舎。昭和33年の
改築から50年の歳月が流れ、
2007年度末でその役割を終え、解体されるそうです。
愛称”めがね校舎” |
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←八幡神社 |
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小浜公園 |
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海に近い公園で、桜がちょうど見頃でした。 |
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←高成寺→
足利尊氏が暦応2年(1339)に若狭小浜に建立した
安国寺であり、元僧竺仙梵僊の法嗣大年法延を迎えて
開山とした臨済宗の名刹です |
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| ↑翼のテラス |
↑マーメイドテラス
人魚の像2体を配した市街地海岸沿いにあるテラス。
ここから見える海に沈む夕日が、きれいなので、有名です。
人魚の像一対は八百姫伝説にちなんで。
(ここで、喜代美と草々が再会します。) |
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↑オバマ候補を勝手に応援する会
『若狭屋』つばき回廊店
小浜市小浜市白鬚111
テレビでは、大騒ぎしていましたが、
オバマさんに関係しているものは、
私が見た限りでは、ここ一軒だけでした。
盛り上がりも、なにもなかったです。
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↑小浜城址
今は小浜藩祖酒井忠勝(ただかつ)をまつる
小浜神社の境内。
石垣だけが残っています。
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↑ 忠烈綱女の墓碑
明和6年(1769年)、子守奉公をしていた最中に狂犬に襲われ、とっさに自らの命を投げ出して
背負う子をかばいました。そのとき、綱15歳でした。
小浜藩はその忠誠心をたたえ褒美を出し、
その勇気は人々に感動を呼びました。
(案内板より)
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←山川登美子記念館→
山川登美子記念館「恋衣」などで知られる
小浜市出身の明治の歌人、山川登美子の生家。
与謝野晶子の生涯を通じた友人
かつ恋のライバルでもありましたが、
享年29歳でこの世を去りました。
福井県小浜市千種一丁目
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←名水「雲城水」(うんじょうすい)
小浜市一番町船溜まり横にある雲城公園の
自噴井戸のことです
海の近くにも関わらず冷たく
美味しい淡水が湧き出ています。
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↑(ちろとてちんの和田塗箸店)
ちりとてちんの和田家を探していたときに、ちょうど部活帰りの中学生と出会い、家の前まで、案内してもらいました(ありがとうございました)
福井県小浜市北塩屋 |
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| 和田塗箸店前の町並み |
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塗箸は全国の九割の生産量を誇る産業です。若狭塗箸は貝殻や金銀箔を漆で何
度も重ねて塗ったあと、美しい紋様を研ぎ出す高級品から、
モダンなデザイン のものまでバリエーションが豊富です。 |
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←旅館 福喜→
歴史を感じさせる落ち着いたたたずまいの純和風旅館。
文化12年(1815)に建てられました。
また、北前船の船頭屋敷跡
千石荘(県重要文化財)を別館に持ち、
豊臣秀吉が小浜城主京極高次と
茶会を行ったという黄金の茶室を再現するなど、
古き良きものを大切に守る宿として知られています。
福井県小浜市湊6−17
付近の雰囲気とは、全然違った立派な
三階建ての建物でした。 |
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↑聖ルカ教会
小浜湾に注ぐ南川の堤防沿いに建てられた
和洋折衷の教会堂です。 |
北川に架かる”こうのとり大橋” |
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| ↑JR小浜駅 |
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↑さかな街
敦賀の水産業者を中心に70店舗あまりが軒を並べる市場
福井県敦賀市若葉町1-1531
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ちょうど、桜も見頃を迎えた小浜は、天気もよく、行楽日和でした。
観光案内所でもらった地図を頼りに、小浜の町を散策しました。
(車は、駅の駐車場に置きましたが、なんと、一時間無料、あとは3時間ごとに100円・・・安〜い)
”ちりとてちん”の主人公喜代美の実家”和田塗箸店”は、どこにあるのかと、地図を頼りに随分歩きましたが、
なかなか、見つからない時に、部活帰りの中学生が、「こんにちは」と挨拶をしてくれました。
それで、場所を尋ねてみたら、親切にも、家の前まで、案内してくれました。
家に着くまでの間、中学生たちと交わしたなにげない会話、こんなささやかなことが、旅の楽しさのひとつかもしれませんね。
ほんとうに、ありがとうございました。
”和田塗箸店”は、テレビでのイメージから、てっきり塗箸屋さんだとばかり思っていましたが、
普通の民家でした。
それから、また、ウロウロしていたら、
今度は、後ろから「ちょっと、ちょっと」という女の人の声がしました。
まさか、私じゃないよなあ、と思って、振り返ったら、
「山川登美子さんの家も、見に行ってほしいし、水天宮さんのおいしい水も飲んで帰って!!」
と、言うが早いか、着物を着た中年女性は、自転車に乗って通りすぎていきました。
街は、それほど広くないし、だいたい観光するところは、決まっているので、
ウロウロしていると、「また、お会いしましたねえ」と観光客同士で挨拶しあうほどでした。
焼き鯖寿司も、おいしかったし、焼き鯖もおいしかったし、鯖寿司もおいしかったわあ!!
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